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地球生命圏研究機構

SELIS セミナー

日時

2011年8月5日(金) 16:30~18:00

場所

環境総合館 2階、第2会議室    

講演者

           飯島慈裕(海洋研究開発機構)

講演内容

 

「 北ユーラシア寒冷圏の気候メモリ

 寒冷圏陸域の気候メモリは、古くはユーラシア大陸の積雪とインドモンスーンの気候学的関係から研究が始まった。その後、融雪水文学的効果として知られる土壌水分偏差の季節的な持続や、さらに冬の季節凍土発達に伴う地温偏差との共変動的関係などが考慮され、寒冷圏陸域がもつ重要な気候へのフィードバックとして、依然主要な研究対象となっている。本発表では、寒冷圏陸域の土壌水分・地温偏差の気候メモリ効果を概観すべく、ユーラシア大陸で見られた主として観測事実に基づく事例を紹介する。

 1 つ目は、ユーラシア大陸西部から中央アジアにかけての土壌水分メモリである。ロシアの長期土壌水分データから、有意な土壌水分偏差が持ち越される地域は、秋の降水量が圃場容水量の範囲で土壌水分として蓄えられる地域で、かつ冬の平均気温が-10℃以下となる寒冷な内陸地域に向かうほど、秋から翌年春・夏まで続く長期的な土壌水分偏差が維持される。これらの地域は3月から4 月にかけての融雪水の供給によって、さらに土壌水分偏差が強調されるため、積雪量も偏差を生む重要な要因の1つとなる。

  2 つ目は、上記の典型的な土壌水分メモリの残る地域としての北部カザフスタン草原である。そこでは、8-9月に最小となった土壌水分量が、翌年春までに再充填される過程として、秋の降水、冬の積雪による融雪水量が、ともに4割を超える寄与をもち、春から夏の降水量を超える草原からの蒸発散量を補填する水資源として、重要な効果をもつ。100cm深の土壌では、4-9 月の積算量にして90mm に達する土壌水分が減少しており、蒸発散量に補填されていると考えられる。特に7-9月にかけては50cm以深の寄与の重要性が高い。

 3 つ目は、永久凍土南限のモンゴル北部に広がる森林-草原のエコトーン地域における、積雪・地温偏差が翌年の森林蒸散量に与える影響である。冬のモンゴルは10cm程度の積雪量で水資源としての効果は薄いが、その年々変動は冬季の地温偏差に大きく影響を与えている。10cmの積雪深は、しもざらめ層の発達による冬の冷却を遮断する効果が働く閾値となる。2003~2010年の観測結果から、その地温偏差は、消雪後の表層土壌の融解時期、さらに森林の展葉時期を規定し、その早遅がその後の土壌水分量偏差と組み合わさることで、盛夏の森林蒸散量の年々変動に影響する。

  最後に、東シベリア、ヤクーツクでの冬季をまたぐ地温・土壌水分メモリである。この地域では、秋の降雨は土壌水分を増やし、冬季の地温低下を抑制する関係があるとともに、積雪深も地温変動と有意な相関を持つ。特に最近10年間では、降雨・積雪ともに増加しており、土壌水分を増やし、地温低下を抑制する強い偏差を生み出している。これに消雪時期の偏差が組み合わさると、5月の展葉時期に影響を与え、北方林上の潜熱量(蒸発散量)の偏差を生み出すことが陸面モデルの解析結果から示された。 以上の事例から、秋の降水量、積雪開始時期、積雪深(水量。層構造)、消雪時期などの偏差の重なり合いが、土壌水分、地温の偏差を増幅し、引き続く春-夏の陸域の熱・水・物質循環の偏差の持続が現れる様子が強く示唆される。これらの偏差を生み出す外的要因の連動性を意識することで、寒冷圏陸域での気候メモリの実態は、より深く理解できると考えられる。